桐山さんは埼玉県越谷市で生まれ育ち、東京にある貿易関係の会社で働いていました。忙しい仕事のリフレッシュが国内旅行。温泉や自然が好きで、各地を訪れていた一環で、ある日、島根を訪れました。出雲大社などを観光し、玉造温泉の宿で出てきた朝食が、仁多米のご飯と宍道湖産シジミのお味噌汁。あまりのおいしさに「ここで暮らせたらいいな」と初めて感じたと言います。
東京に戻ってからもずっと脳裏にはこの感覚がありました。ちょうど仕事のきりがついたタイミングで、より自分の暮らしを大切にした働き方へとシフトチェンジしようと考えたとき、思い出したのが島根。東京で開かれていた「しまねUターンIターンフェア」に顔を出すなど情報を集める中で知ったのが、松江市の地域おこし協力隊の募集イベントでした。
「そこで出会った松江市の担当者や関係者の熱量にやられたんですよ。この人たちとなにかしてみたいって」と桐山さん。地域おこし協力隊という存在がつかみ切れていませんでしたが、松江市での一泊二日の選考会で多くの人と交流し、チームで採用されることなどの体制もわかったことで、安心して決断することができました。さらに、松江には親戚も友人もいませんでしたが、どんどん紹介され、移住する前には5、60人の知り合いができるほどになっていました。
着任したのは2017年4月。自分でミッションを決める「フリーミッション型」の採用だったこともあり、当初は悩むことも少なくありませんでした。それでも、協力隊をサポートする株式会社ちいきおこしのメンバーに相談したり、松江市から小学生の企業家育成事業の担当を任されたりしたこともあり、「人に関わるって面白い」と心から思える経験ができたと振り返ります。
2年目に入ってからは、オーガニックのお茶を生産している有限会社宝箱の販売促進に携わりながら、地域プロデューサー養成講座を受講するなど経験を積んでいたときに、松江市役所近くの築100年の古民家をリノベーションしてチャレンジの場として蘇らせるプロジェクトが舞い込んできました。
協力隊でチームを組み、コアメンバーの一人として準備に奔走。6月に「SUETUGU」として無事にオープンしました。「チャレンジを応援する場」をコンセプトに、シェアオフィス、チャレンジカフェ、チャレンジショップ、ゲストハウスを兼ね備えた多創造複合施設です。「この場を通じて、東京や島根県のほかの地域と松江がつながったり、化学反応が起こったりするきっかけになったらいいな」。卒業後も松江を拠点の一つに活動を続ける考えです。
松江市で募集しているのは「地域資源活用コーディネーター」。自分で地域の課題やテーマを自由に見つけて取り組む「フリーミッション型」で、ソーシャルビジネスの創出が目標です。松江市の特徴の1つはチームで採用し、活動することです。1人だけで孤立すると1の力しか出せませんが、チームの力で1+1が2ではなく2.5や3になるイメージですね。もう1つの特徴は、まちづくり会社・株式会社ちいきおこしが伴走型支援をしていることです。協力隊の定例ミーティングにも参加し、毎月1回は必ず研修もあります。今後も隊員自体は毎年3人ずつの最大9人という体制で考えていますが、卒業生も増えてきているので、ネットワークの厚みをつくっていきたいですね。
飯石郡飯南町、山深い谷地区にある「谷笑楽校」。旧谷小学校をリノベーションした地域交流の場です。ここを拠点に地域おこし協力隊の「神楽担当」として飯南神楽団のPRなどに携わっているのが、三宅さん。
幼い頃から神楽が大好きで、美郷町の子ども神楽団を経て中学2年で飯南神楽団に入団。この地域では珍しいダイナミックな広島神楽を舞う同団で、神楽に熱中する毎日を過ごしました。
関西で進学・就職するもふるさとへの思いを捨てきれず帰郷。働きながら、再び同団で神楽を舞う日々が始まりました。舞い手としてさまざまな役を演じるとともに、地元に残る平家の落人伝説を元にした創作神楽「程原入道」のシナリオを手掛けるなど活躍。やがて「神楽に仕事として関わり、谷地区を盛り上げたい」と志すようになり、2019年に地域おこし協力隊に着任しました。
協力隊員になってすぐに多数の企画を提出。手始めに同団のホームページを立ち上げ、公演スケジュールや団員紹介などのページを作成しました。
Facebookやインスタグラムでも練習風景を公開するなど、情報発信に取り組んでいます。
「程原入道」の登場人物の写真を使ったLINEスタンプもリリース。デザインやWEB製作などは独学だそう。
「常に情報を発信することで、常連さんは公演を逃さず見に来てくださるようになり、神楽団のファンだけでなく、役者個人のファンも徐々にできはじめました。団員個人あてに関西のファンの方から花が届いたこともあったんですよ」と三宅さん。早くも取り組みが実り始めているようです。
「神楽の楽校(がっこう)」と題して、舞いや囃子の体験会も開催。県外からも多くの人が訪れ、参加者数は予想の倍以上、80人近くになりました。
「30年間途絶えている子ども神楽の復活も果たしたいです。子どもが少ない地域ですし、道のりは長そうですが、さまざまな取り組みで神楽に興味を持つきっかけを作りたいです」。
多くの若者が高校卒業とともに県外に出てしまう飯南町。神楽が、ふるさとを見つめ直し、一度離れても帰るきっかけになれば、と三宅さんは話します。
「神楽で地域を元気にしたい。飯南といえば神楽、谷地区に行けば神楽が楽しめる、と多くの人が訪れる。そんな場所にしていきたいです」。
今後も神楽のVR体験などさまざまな企画を用意しているそう。柔軟な感性が、小さな町に新しい風を吹き込んでいます。
協力隊員が自由な発想で活動できるようにサポートしています。行政の型にはめてしまうと、満足度が下がり地域の活性化につながりにくくなると考えています。同時にコミュニケーションも大切にしています。こまめに相談に乗るようにし、2〜3ヶ月おきに協力隊員の連絡会も実施。情報交換や、予算をふまえた企画の立案について共に考えたり、メディアに取り上げてもらう方法やプレスリリースの作成・発送方法を指導など、二人三脚で課題解決に取り組むようにしています。また、住まい探しや、お子さんがいる協力隊員には学校の手続きの手伝いなど、生活面の支援も。のびのびと地域活性に取り組んでもらえるようバックアップに努めています。
関東地方で生まれ育った田井さんは、中学・高校で野球と陸上を経験。大学ではスポーツ健康科学を専攻して、教員免許を取得しました。塾講師を経て、東京・銀座でエクササイズやトレーニングの指導などを行うパーソナルトレーナーを勤めていた27歳のとき、フィットネスジムを併設している川本町のおとぎ館の経営者とつながったことが転機になりました。
実は塾講師時代から、ある問題意識を持っていました。成績を伸ばそうと思っても、筋力や体力がついてこない生徒が少なくなかったのです。「いつか体育も教えられるような塾をつくりたい」。川本町ではトレーナーをしながら教育をしてもいいと言われたことが、移住の決め手になりました。
2018年4月に地域おこし協力隊として着任。おとぎ館でパーソナルトレーナーをしながら、さらに来月からは中高生にスポーツと健康を通じて社会で自分らしく生き抜く力を育てていくプロジェクトも始めることが決まりました。目指していたことの一つが形になります。
スポーツの魅力は「しっかりやれば成果が出やすいこと」と田井さん。今後は医学も勉強し、最終的にはスポーツにとどまらず、健康、まちづくりも含めた幅広い分野で後任育成にも還元したいと目を輝かせます。
東京育ちの吉田さん。2015年に祖母の故郷・隠岐の島町を旅した際、その風景や暮らしに惚れ込んでしまいました。それからの行動は早く、数ヶ月後には地域おこし協力隊にエントリー。翌年着任し、五箇地区を拠点に「花をテーマにした地域活性」を担当しました。
活動の中で、かつてオキシャクナゲの石けんを作る計画があったことを知りました。観光名所「村上家隠岐しゃくなげ園」のオキシャクナゲは、維持管理のため1万株もの花を摘み取る必要があり、園主が高齢のため作業が年々困難に。そこで吉田さんが石けんづくりに着手。住民と任意団体を立ち上げ、摘み取りや抽出のための乾燥作業を共同で行うように。資金の不足分をクラウドファンディングで補い、2018年に花エキス配合石けん「OKI*HANA」が完成。隠岐土産として注目されています。
売り上げの一部は同園の運営に活用。「五箇の人たちは前向きで行動的。活動だけでなく生活面でもお世話になっていて…居心地が良くて、任期を終えても去る理由がないです」と笑う吉田さん。2019年には事業として「OHANA工房」を立ち上げ新たな展開を計画中。地域への恩返しになる企画も考えています。
2017年11月、現役の協力隊員やOB・OGで作る「しまね協力隊ネットワーク」が発足し、2019年4月には全国2例目となる法人化もしました。
島根県内では160人の隊員が活動し、他の都道府県と比べても数は多いのですが、その一方、3年の任期を終えた後に住み続ける人の割合が37.2%で全国平均の63%より低いということが課題として挙げられていました。
東西に長く、離島の隠岐地域もある島根県に置いて、島根協力隊ネットワークは、隊員やOB・OGをつないで情報や経験を共有することができる存在です。それだけではなく、2018年度からは島根県内の協力隊員向けの初任者研修なども島根県庁と協力して実施。さらに大学とも協力して地域おこし協力隊の研究がスタートするなど、ネットワークにかかわる人が増え、活動の幅も広がっています。
代表を務めているのは、任期を終えた後、雲南市を拠点に活動する三瓶裕美さん(44)。「基盤はできてきたので、次はどんなサポート体制をつくっていくのか、方向性やビジョンを考える必要があります。島根らしい形を、かかわってくれる皆さんとつくっていきたいと思います」と話します。
昨年の創刊号に続き、島根の地域おこし協力隊を紹介する「島根おこすジャーナル」第2号を発行することができました。島根の特徴の一つは、地域おこし協力隊の卒業生を中心に「しまね協力隊ネットワーク」を結成したことです。県単位での協力隊のサポート組織としては全国2例目となる法人化も実現し、現役隊員の研修を担当しているのは本当に頼もしいことです。その関係者と先日話題になったのが島根の任期後の定着率37%という数字。確かに全国平均より低いのですが、嫌で離れたケースばかりではなく、島根で成長しステップアップして離れていったケースもあるということです。数字だけではなくその内実もしっかり追っていかないといけないなと、次号に向けての課題です。
田中輝美プロフィール
ローカルジャーナリスト。島根県浜田市生まれ。大阪大学文学部卒業後、山陰中央新報社で記者をしながら地域で働く喜びに目覚める。2014年退社し、独立。島根に暮らしながら、地域のニュースを記録、発信している。著書に『関係人口をつくるー定住でも交流でもないローカルイノベーション』(木楽舎)など。2017年大阪大学人間科学研究科修士課程修了。一般社団法人日本ジャーナリスト教育センター(JCEJ)の運営委員も務める。