東京の大手企業で食のブランディングなどを手掛けていた壽洋さん。趣味の素潜りが高じ、環境を考える中で「森は海の恋人」という言葉に出会い「海の環境は山がつくっている。山からやるしかない」と決意しました。
出会ったのが「自伐型林業」の協力隊を募集する津和野町。自伐型林業とは、高額の大型機械を使う林業とは異なり、小型で小回りのきく作業機械で、低コストで環境保全を意識した安定的、持続的な森林経営を目指すもので、協力隊任期後の自立も見通せる納得感があり、手を挙げました。
2015年に着任し、協力隊として活動しながら、「合同会社やもり」を設立。協力隊の活動と民間の一企業の活動を棲み分けながら柔軟に事業を進めていけるようにしました。そして、同社で技術を身に付け、3年後には巣立って地域で自立していける仕組みをつくりました。
会社員時代に出会った真希子さんも1年遅れで移住。2016年から協力隊として津和野CASセンターで食品加工施設と地域食材のわさびを活用した開発とマーケティングに携わっています。島根県産わさびは、生産量シェア1%足らずではありますが、全国4位の産地で、山陰ならではの風土である、栄養豊かな清流と寒さ厳しい冬とやわらかい陽射しが生む「辛いだけじゃない、ほのかな甘みと爽やかな香り、粘りが特徴の良質なわさび」が作られていることが市場に伝わっていませんでした。わさび産業と暮らしが津和野で継続されていくように、地元のデザイナーと「島根わさび」と称してパッケージもリニューアルし、統一感を持たせてプロモーション。美味しさを高く評価してくれる人からオーダーがあり、売上数量・単価が向上、生産者の意欲向上につながっています。
「地域おこしって、暮らしをつくること。その挑戦がここでできるのは面白い」。二人は顔を見合わせて笑いました。
東京生まれ、東京育ちだけど都会が苦手。玉井さんは、趣味で日本各地やヨーロッパを回りながら、その土地の文化や風土に魅力を感じ、20代の半ば頃から将来は田舎に住みたいと考えていました。奥出雲町との出会いは、何気なく参加した「島根UIターン相談会」。日本各地を知るからこそ、訪れるどの街も魅力を感じていましたが、「移住・定住コーディネーター」の募集を見て、これまでの移住に向けた自身の経験が活かせるのではと、移住を決めました。
勤務が始まると、空き家調査や登録作業など目の前の業務に追われることが多く、何のために移住したのか、こんなはずじゃなかったと悩むこともありました。そんななか、奥出雲でキャンプ用品の販売を手掛ける男性と出会い、空き家を改修してゲストハウスをオープンする構想を知ります。出会ったばかりではあったものの、3年後の生業を考え、「自分もやりたいです!」と勢いで伝えました。想いを交わすうちに、代表として全面的に任せてもらうことになり、町内、町外問わず人々が交流できる場所を目指し、休日を利用して建物の外装や内装の改修作業を始めました。
2017年8月のオープンから半年で訪れた人は約600人以上。事業計画書を練り審査を受けて、2018年からは起業独立型地域おこし協力隊に移行しました。いまでは、県内だけでなく、東京や名古屋など県外からの問い合わせも増えつつあります。また、キッチントレーラーでの移動販売や、イベントの企画などやることはたくさんあります。
「かがり屋を、県外から来た旅人が、地元の人と交流して、そこから新たなつながりが生まれるような空間にしていきたいんです」。玉井さんの挑戦は続きます。
「もう最高ですね」。見渡す限り山と田んぼ。夏の日差しが照りつける中、田んぼの中で泳ぐ金魚を愛おしそうに見つめる山田さんは、金魚の養殖をこの地域の産業にしようと日々、活動中です。
東京水産大学で学び、首都圏の熱帯魚の卸会社に就職。楽しく働いていましたが、長男であることから親に「何か事業を」と勧められていたこともあり、島根県江津市のビジネスプランコンテストや地域づくりを学ぶ講座「しまコトアカデミー」に参加し、研究。「金魚の養殖なら島根でできるかもしれない」と可能性が見えたことから、3年間、経済的な保証がある中で準備ができると考え、地域おこし協力隊としてUターンすることを決めました。
受け入れ団体の多伎地域の任意団体「いちじくの里多伎きらりプロジェクト」のメンバーとして働きながら、団体メンバーや市役所職員と信頼関係をつくり、自らが金魚の養殖を生業にしたいことを説明した。理解を得て応援してもらいながら、養殖に取り組んでいます。育てているのは「琉金(りゅうきん)」という種類。前職の会社という売り先が確保できていることが強みです。「成果を出して定住できるようにがんばっていきたい」と目を輝かせます。
縁もゆかりもなかった西ノ島町と橋元さんの出会いは、妹が「島留学」で県立隠岐島前高校に進学したのがきっかけでした。妹が親代わりとしてお世話になる「島親」さんが、西ノ島町に2018年7月にオープンした「コミュニティ図書館」を担当している司書だったのです。
もともと本好きで、大阪の専門図書館で司書補として働いていました。島親さんから新図書館での勤務を勧められたことから受験、採用通知が届きました。「これも何かのご縁かなと。人のご縁で生きてきたので」。
2018年春、西ノ島町に移住。「大阪では時間がないような気がしていましたが、すごく人間らしい生活を送っています。ご近所さんも親切にしてくれて、最近ご飯つくってないんじゃないかってくらい」と楽しそうです。
仕事の方も、町教育委員会の教育課に所属し、開館準備に奔走。おかげで開館日にはたくさんの人が訪れ、にぎわいました。実際に働いてみて、より責任感が出てきたそうです。「地域の皆さんや観光客にも開かれている、その方たちの場を運営していくんだと。力が足りないし、3年かけてしっかりスキルを積んでいきたい」と気を引き締めます。
民俗学で日本の祭りを研究していた西嶋さんは、研究すればするほど「地方は面白い。観察者じゃなく担い手として関わりたい」と思うようになっていきました。ちょうど津和野町で地域おこし協力隊をしている大学時代の同級生を訪ねた際、大田市での募集を知り、応募しました。
2016年7月、4人いる教育魅力化コーディネーターの1人として着任。全国から集まった小中学生が寮生活をしながら地元の小・中学校に通い、自然体験や地域住民との交流を行う「山村留学センター」で広報や情報発信の担当をしています。
ライター業を引き受けることがあるほか、プライベートでは、住んでいる三瓶山地域に「はらっぱ図書室」をオープンさせました。趣味の友だちがほしいという妻の希望を踏まえ、知人が運営している「山の駅さんべ」の中の使われていないスペースに本を置いたのです。西嶋さんにとっても地域の人たちにとっても居場所になりました。
「はらっぱ図書室」のように「やりたい」と言えば、人が協力してくれて、あっという間に実現するところに島根の魅力を感じていると言います。「任期後も、できる仕事を組み合わせて『多業』をしながら残っていきたい」
子どものころからお菓子作りが好きで、広島市内の調理師専門学校に通っていた西山さん。A級グルメを掲げ、調理はもちろん農業など野菜をつくる知識も学べる邑南町の「耕すシェフ」の募集を知り、興味を持ちました。実際に「耕すシェフ」たちが働く町の里山イタリアン「ajikura」を訪れ、地元産のハーブを使った料理などを味わう中で「いいなあ、自分もやってみたい」と心が決まりました。
2018年4月に着任。新しくオープンした発酵レストラン「香夢里(かむり)」の手伝いをしたり、町内の「食の学校」という研修施設で学んだりしています。最初は自分が料理の中でもどの分野に絞るのか決めかねていましたが、「食の学校」でフレッシュ生トマトのパスタを食べた際、これまでの概念や味を覆される強烈な体験をしたことから、現在はイタリアンを学びたいと考えるようになりました。
春の山々の緑が濃くなり、夏を過ぎて黄金色の稲穂の海が広がっていく。「四季を感じ取ったり、仕事終わりに満天の星を見上げたり、邑南を満喫しています。来て良かった」。もっと技術を身に着けたいと学ぶ日々です。
地域おこし協力隊が増えていくなか、活躍できる環境を整えるためにも隊員やOB・OGをつなぐネットワークの大切さが言われるようになり、総務省もネットワーク化を打ち出しました。全国では岡山県や北海道、九州などででき始めていますが、まだまだ少ないのが現状。島根県内では2017年11月に「しまね協力隊ネットワーク」が発足。島根県庁と協力しながら活動を広げています。
ネットワーク代表を務めているのは、協力隊の任期を終え、現在は雲南市に住んでいる三瓶裕美さん(43)。「まず協力隊で来た人が孤立しなくていいように、ネットワークがあたり前になっていけるように、少しでも力になりたい」と立ち上げた想いを語ります。
現在は3年の任期を終えたOB・OG中心に活動しています。副代表の竹内恒治さん(36)は大田市で複数の仕事を掛け持ちしながら、民泊の開設を準備中。同じく副代表の小田ちさとさん(31)は安来市で、農業をしながら地元の地域づくり会社の取締役を務めるなど「半農半X」スタイルを実践しているところです。「自分たちは島根を好きになって残ったので、いまの現役の隊員さんたちも、気に入ったなら定住を選択肢に入れてほしいなと思って」と声をそろえます。
島根県内の協力隊の人数は全国3位の多さとなっている一方で、実は課題もありました。3年の協力隊の任期を終えた後に住み続ける人の割合が37.2%で、全国平均の63%と比べても低いということです。
さまざまな要因は考えられますが、一つには、島根は東西に長く、さらに離島の隠岐地域もあるため、当事者同士が集まって情報共有する機会が持ちにくく、仲間が見つからずに孤立感を感じがちということがあったのです。
そこで、三瓶さんたちネットワークのメンバーが立ち上がりました。昨年11月、奥出雲町のゲストハウス「かがり屋」で行われたキックオフイベントでは、県内から協力隊員や卒業生ら30人が集まり、協力隊向けの研修や、協力隊が一同に集まるイベントの企画運営など、今後の取り組みを確認。参加した現役協力隊の女性(27)は「困ったときに誰に相談していいかわからなかったが、これからは相談できるのでありがたい」と喜んでいました。
今年に入り、定住支援員向けの研修や、島根県内の協力隊員向けの初任者研修など、島根県庁と協力しながら担当。「Facebook」グループの充実も含め、県内の隊員の声をすくい上げながら、今後は地域おこし協力隊という制度を行政側も安心してより上手に使ってもらえるよう、ネットワークが市町村のパートナー的な存在となることを目指しています。三瓶さんは「協力隊員にも行政の人にも、もっと気軽に相談してもらって、頼ってもらえる存在になりたい。そして、島根を楽しむ仲間が増えたらうれしいです」と話します。
「過疎」という言葉の発祥地とされ、かつては、「課題」の「先進地」と言われた島根県。でもいまは、全国からチャレンジャーが集まり、各分野で最先端の面白い地域づくりが行われるようになり、そして「課題」ではなく「課題解決」の「先進地」と言われるようになりました。
今回、島根の地域おこし協力隊を紹介する「島根おこすジャーナル」を初めて制作しました。登場した地域おこし協力隊員やOB・OGたちは、地域の「課題」に、「自分の好きなこと」を重ね合わせ、まっすぐにチャレンジしている人たちばかりです。だからこそ、地域の人たちや行政の人たちも一緒になって「課題解決」に向かって、懸命に取り組んでいます。時代は変わりました。いま、島根が面白い!
田中輝美プロフィール
ローカルジャーナリスト。島根県浜田市生まれ。大阪大学文学部卒業後、山陰中央新報社で記者をしながら地域で働く喜びに目覚める。2014年退社し、独立。島根に暮らしながら、地域のニュースを記録、発信している。著書に『関係人口をつくるー定住でも交流でもないローカルイノベーション』(木楽舎)など。2017年大阪大学人間科学研究科修士課程修了。一般社団法人日本ジャーナリスト教育センター(JCEJ)の運営委員も務める。